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2008年7月号(半夏生)

めりけんや7月号

お中元は、夏のご挨拶
いただきました。ありがとう。 ・現在のようなお世話になった方達に、感謝の気持ちを込めて贈り物をする「お中元」の風習が定着したのは、明治の中頃だと言われています。
・祖先の霊を祭り、お供え物を親類縁者や隣近所へ配るという日本人の深い信仰心が、「お中元」の習慣となったものと思われます。
・昔は贈り物を持参し直接渡していましたが、現在では、宅配便を利用するのが普通となりました。
・7月22日(大暑)を過ぎると「暑中お見舞い」、8月7日(立秋)以降は「残暑お見舞い」として贈ります。

半夏生とさぬきうどん
・半夏生は雑節のひとつで、夏至から数えて11日目の7月1日頃から7月6日頃までの5日間をいいます。
・「チュウ(夏至)ははずせ、ハンゲ(半夏生)は待つな」という諺があるように、田植えは夏至が過ぎ、半夏生に入る前にすることが良いようです。
・昔から香川県(讃岐)では、半夏生の日に農家の人々が田植えや、麦刈りを手伝ってくれた人達といっしょに「さぬきうどん」を食べる風習があります。関西地方では「タコ」を、福井県の大野市では「焼き鯖」を食べる習慣があるようです。
田植え

三頭峠と借耕牛とさぬきうどん
四国 ・この両国の文化交流の主役は、「牛」と「米」と「さぬきうどん」でした。
・借耕牛とは、讃岐の農家が農繁期に阿波の農家から借りていた農耕用の牛のことです。農耕牛は、水田が多い讃岐では欠かせない労働力ですが、草地が少なく牛の飼育は不適でした。一方阿波には、水田が少なく米は貴重な食料でした。「しっかり働いて半夏生がすんだら帰ってこいよ」「今年もお世話になります」と言う会話が阿讃の峠で聞こえたとか。
・讃岐山脈(阿讃山脈)は、阿波の国(徳島県)と讃岐の国(香川県)の境を、東西に連なっている800m〜1000m級の美しい山脈です。この山脈の南側と北側を往来する11の峠があり、その一つが三頭峠です。この名称は、人が両手に牛(借耕牛)を引きながら峠を越える姿を現しています。
・借耕牛は、江戸時代から始まり、昭和15年頃には、8500頭の牛が峠を越え、讃岐にやって来ました。農機具が普及し始めた昭和30年頃まで続きましたが、現在は牛の姿を見かけることはありません。また、峠越えは、トンネルを利用するようになりました。
牛

三頭峠と借耕牛とさぬきうどん
七夕 ・中国から伝来した七夕の行事が、日本古来の伝統や風習と融合して日本の各地に独特な行事として伝えられています。
・日本での七夕の行事は、奈良時代に宮中の行事として行われるようになったのが始まりと伝えられています。江戸時代になると民衆の間でも盛んに行われるようになり、笹竹に短冊をかざるスタイルもこの頃定着したと言われています。
・笹飾りは、七夕行事とは何の関係もなく、水田の虫除けなどの農事儀式として伝えられたものだったとも言われています。
・今年の七夕は、天の川を眺めながら「冷やしたさぬきうどん」を・・・


めりけんや便り2008年 7〜9月一覧