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2008年9月号(秋の夕焼け)

めりけんや9月号

秋の七草
秋の七草

・「秋の七草」は、万葉集(第八巻)に出てくる山上憶良が詠んだ歌から伝えられたと言われていま す。実用的な「春の七草」に比べると、鑑賞用に選ばれたようです。

1.尾花(ススキ) お月見にススキを供えるのは、豊作を祈願したものと言われています。
2.葛(クズ) 根は葛粉として食用に、葛根湯として、風邪薬に用いられます。
3.萩(ハギ) 草ではなく低木です。
4.撫子(ナデシコ) 「大和撫子」と言えば、日本女性の代名詞。
5.女郎花(オミナエシ) 秋風にゆらぐ黄花。
6.藤袴(フジバカマ) 唐の時代、葉を乾燥させ香草として使用しました。
7.桔梗(キキョウ) 万葉の時代に「あさがお」と詠んだ植物。

萩原寺とさぬきうどん
・香川県の萩の名所として知られている萩原寺地蔵院は、大同2年(807年) 弘法大師の開基で観音寺市大野原町にあり、数百株の萩は、県の自然 記念物となっています。
・萩が咲き始める頃になると、境内は県内外からの大勢の見物客で賑わい、 萩の花を背景に記念撮影をしたり、絵を描いたり、木陰のベンチに腰掛け て琴の演奏会を楽しんだりしています。
・境内には、お土産、骨董品、アイスクリン等を販売するお店が軒を連ねます。お茶屋さんも大入り満員となり、順番待ちの行列が出来ます。ここでの人気メニューは、「さぬきうどん」です。
萩原寺の萩

豊稔池とさぬきうどん
豊稔池 ・香川県観音寺市にある豊稔池ダムは、現存する日本最古の石積式マルチプルアーチダムで、平成18年(2006年)に国の重要文化財(建造物)に指定されています。
・このダムは、農業用貯水池として、大正15年(1926年)に着工し、 昭和5年(1930年)に完成しました。
地元住民も工事に参加し、延べ15万人による人海戦 術により約4年間という短期間で工事を完成することができました。
・秋の行楽時期は、紅葉を楽しむ観光客や家族連れで賑わい、お土産に「さぬきうどん」を買って帰ります。
上空から見た豊稔池

秋の夕焼けとさぬきうどん
夕焼け
・昔から「夕焼けの翌日は晴れる」と言われているように、日本の上空では、 偏西風の影響で雨雲は、南西から北東に移動していきます。そのため、夕方に西の空が晴れわたった夕焼けの翌日に、雨雲が来る可能性は低くなる からです。
・「夕焼けに鎌を研げ」と言う諺がありますが、これは夕焼けが出ると晴れるので、翌日の農作業に備えよと言う意味です。
・夕焼けは1日の終わりです。1日の終わりに「さぬきうどん」を。

めりけんや便り2008年 7〜9月一覧

2008年9月号(秋の足音)

めりけんや9月号

9月9日は 重陽の節供(ちょうようのせっく)
菊
・重陽の節供は、菊の節供とも言われていますが、他の節供に比べてあまり親 しみがありません。しかし、菊の花は、不老長寿の花と言われ漢方薬にも使 われていますし、天皇家の御紋にもなっていて、気高く高貴なイメージがあ ります。また、庶民の間では、田畑の収穫の時期でもあり 栗ご飯を炊いてお祝いしたりしました。
・中国の重日思想から発したこの節供は、月の数と日の数が 同じ数字となる日のことで、9が重なることから重九の節 供とも呼ばれています。奇数は陽、偶数は陰とされ、9は一桁の奇数(陽) としては一番大きな数と言うことで「陽の極まった数の重日」ということで 重陽とも言われています。 栗

中秋の名月(9月14日)と「さぬきうどん」
お月見 ・「仲秋」と「中秋」は、どちらも「ちゅうしゅう」と読みますが、それぞれの意味は異なります。
昔(旧暦)は、7月、8月、9月を「秋」とし、7月を孟秋(はじめ)、8月を仲秋、9月を季秋(末)と呼んでいました。現在の暦では、9月が仲秋になりますが「中秋」と言う場合は、旧暦8月15日をさすことになります。
・「お月見」には、芋や団子などをお供えする風習があります。この事から中秋の名月を「芋名月」とも言います。
・「お月見」は、春の「お花見」とは違い、どんちゃん騒ぎをしないで、静かに楽しむものです。今年は、「さぬきうどん」を食べながら俳句でもひねってみませんか?

敬老の日(9月15日)に「さぬきうどん」を
・「敬老の日」は、国民の祝日の一つで「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日と、定めています。
・起源としては、聖徳太子が大阪に四天王寺を建立した時、敬田院、悲田院、施薬院、療病院を設置したと伝えられています。このなかの悲田院は、身寄りのない老人や病人、貧しい人達を救うためのもので、9月15日に完成したことによります。
・現在の敬老の日の由来は、1947年兵庫県多可郡野間谷村の村長が提唱した「としよりの日」が始まりとされています。
・故郷のお祖父さん、お祖母さんは元気ですか?
おじいさんおばあさん

彼岸(秋分の日:9月23日)のお供えに
お墓
・彼岸は、春分の日と秋分の日の前後3日の7日間をいいます。秋分の日は、「祖先を敬い、亡くなった人をしのぶ日」として1948年に法律で制定されました。
・古来日本の農村では、春分の頃に豊作を祈り、秋分の頃に豊作を祝う自然信仰がありましたが、仏教の普及とともに「春の彼岸」「秋の彼岸」として、祖先を供養する風習が定着していきました。明治時代に秋分の中日を「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」と定め、宮中において祖先をまつる日となったことがきっかけで、一般市民にもひろがっていきました。
・仏壇にお供えをしたり、故郷、生家へ帰りお墓参りをしたり、お父さんやお母さんへ真心込めて「さぬきうどん」を贈りましょう。

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2008年8月号(うどんの品格:メニュー)

めりけんや8月号

夏季の品格ある「さぬきうどん」メニュー
○夏季は、食欲が減退、体力の消耗が激しく栄養の補給が大切です。うどんは、消化が良く疲労回復には抜群の効果があります。
・めりけんやの包丁細切り麺は、夏季の「さぬきうどん」メニューに最適です。

○ごまつゆうどん & ゆずつゆうどん
ごまつゆうどん ・材 料
きゅうり、ねぎ、貝割れ大根、にんじん、わかめ、錦糸たまご、ハム・・・・
・めんつゆ
ごまつゆ(冷)、ゆずつゆ(冷)
ゆずつゆうどん
・茹でたてのうどんを、水でもみ洗いします。再度冷水(氷を入れると良い)でもみ洗いし、丼(器)に入れ、きゅうり、ねぎ、貝割れハム大根等を、盛りつけます。
・めんつゆ(ごまつゆ、ゆずつゆ)を、お好みに合わせて「ぶっかけ」又は、「つけ」て食べます。


○ざるうどん
ざるうどん
・材 料
ねぎ、しょうが、ごま、刻み海苔
・めんつゆ
つけつゆ(冷)


・茹でたてのうどんを、水でもみ洗いします。再度冷水(氷を入れると良い)でもみ洗いし、ざる(器)に盛りつけます。
・めんつゆに薬味(ねぎ等)入れ、つけて食べます。
線 ○大根おろしうどん
大根おろしうどん
・材 料
大根おろし、ねぎ、しょうが、ごま
・めんつゆ
生じょうゆ(冷)
レモン又はすだち

・茹でたてのうどんを、水でもみ洗いします。再度冷水(氷を入れると良い)でもみ洗いし、丼(器)に入れ、大根おろし、ねぎ等を盛りつけ ます。
・めんつゆ(生じょうゆ)をかけて食べます。

○釜あげたまごうどん
釜あげたまごうどん
・材 料
たまご、ねぎ、しょうが、納豆
・めんつゆ
つけつゆ(熱)


・あらかじめ丼(器)にたまごをかき混ぜて準備しておきます。
・茹であげたうどんを、直接丼に移します。
・めんつゆを少しかけて食べます。

線

○梅干しうどん
梅干しうどん
・材 料
梅干し
わかめ、削りかつお
・めんつゆ
かけつゆ(熱)

・茹でたてうどんを、水でもみ洗いし、表面のヌメリを取った後、再び熱湯をとおし丼(器)に入れます。
・梅干しをのせ、かけつゆをかけて食べます。


○モロヘイヤ入りうどん
・モロヘイヤ入りうどんは、夏季の栄養補給に最適なうどんで、色々なメニューを楽しむことができます。
・モロヘイヤは「野菜の王様」と呼ばれ、βカロテンは、ほうれん草の2.4倍。食物繊維は、こんにゃくの2.7倍。カルシウムは、牛乳の2.4倍。
・弊社自慢の「モロヘイヤ入りうどん」は、贈って喜ばれる健康指向の商品です。
調理例:ざるうどん



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2008年8月号(残暑お見舞い申し上げます)

めりけんや8月号

残暑を元気に「ごまつゆうどん」&残暑を涼しく「ゆずつゆうどん」
ごま・ゆづつゆ

盆(盂蘭盆(うらぼん))と正月と藪入りとさぬきうどん
おばあさん
・「盆と正月」と言う言葉が聞かれるほど、日本人にとって「お盆」は大切な行事です。お盆は、家族や親戚が集まってご先祖様を供養し、亡くなられた人をしのぶ行事として行われています。
・藪入りとは、江戸時代お正月とお盆には、奉公人が休みをとって実家に帰ることができる時期のことです。当時は13才〜14才頃から職人・商人のところへ、丁稚奉公にでたものでした。丁稚の子達は藪入りに師匠や主人から小遣いや衣類をもらって親許に帰りました。また、この時期は他家に嫁いだ女性が、実家に戻ることが出来る時期でもありました。
・日本の「お盆」は、仏教の「盂蘭盆」と「藪入り」が結びついて現在に伝えられた独自の風習です。
・現在は、仕事等で実家へ帰れない人達は、名産品や特産品をお供え物として挨拶代わりに贈るようになりました。
・故郷のお祖父さん、お祖母さん、お父さん、お母さんは元気ですか?
いえ

処暑(8月23日)とさぬきうどん
釜あげうどん
・処暑は、二十四節気のひとつで立秋から15日目になります。「陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也」(暦便覧)。このころまでに残暑お見舞を届けましょう。
・処暑の「処」、「とまる」「とどまる」という意味があり、暑さもおさまり涼風が吹き始める頃とされています。
・また、夏休みの宿題の追い込みをしたり、新学期の準備を始める頃でもあります。南北に長い日本では、北海道と沖縄県では、全く異なった気候の日を過ごすことになります。
・うどんの食べ方も様々で、北日本では、身体の温まる「釜あげうどん」。南日本では、涼風感を味わえる「ザルうどん」がメニューの中心になります。
・また、夏休みの宿題の追い込みをしたり、新学期の準備を始める頃でもあります。南北に長い日本では、北海道と沖縄県では、全く異なった気候の日を過ごすことになります。
・うどんの食べ方も様々で、北日本では、身体の温まる「釜あげうどん」。南日本では、涼風感を味わえる「ザルうどん」がメニューの中心になります。
ざるうどん


めりけんや便り2008年 7〜9月一覧

2008年7月号(暑中お見舞い申し上げます)

めりけんや7月号

暑中お見舞いと残暑お見舞い
いただきました。ありがとう。
・暑中お見舞いのお届けは、夏の土用の期間です。今年は、7月19日が土用の入り(雑節)、7月22日が大暑(二十四節気)、8月7日が立秋(二十四節気)です。
・残暑お見舞いは、立秋を過ぎてから8月末頃までに届けます。
・お中元を贈り忘れたり、お返しの商品をお届けする場合は、「暑中お見舞」「残 暑お見舞」として季節のご挨拶をしましょう。

夏土用と「さぬきうどん」と「ウナギ」
うどん
・夏土用とは、この日までが春で、この日から夏というのではなく、季節と季節は穏やかに変わってゆくものと考えて、その交代の期間を言います。また、生き物は死ぬと土に帰り、その土から新しい芽が芽吹くように、土気には死と再生を円滑に行う性質が有ると考えられていました。
・土用の期間は、立春、立夏、立秋、立冬の直前の18日間を土用としていましたが、現在は、太陽の位置を基準として入りの日を決めています。
・土用の丑の日にウナギを食べるのは、江戸時代の蘭学者、平賀源内(香川県出身)が、ウナギ屋の宣伝用の看板に「本日土用の丑の日」と書いたのがはじまりだと伝えられています。
・今年の土用の丑の日(7月24日、8月5日)は、「さぬきうどん」と「ウナギ」を食べて夏バテを防止しましょう。
ウナギ

夏休みの思い出と「さぬきうどん」
男の子
・夏休みが始まると母親の実家や知人の故郷へ遊びに行ったものです。
昼は、海、川、山等で、陽が落ちるまで飛んだり跳ねたり・・・。
夜は、影絵遊びや、肝試しをして、はしゃいだり、ビックリしたり・・・。
・麦わら帽子は、海へ行くのも、川へ行くのも、山へ行くのも必ず持って行きました。
おんぷ 麦わら帽子は、もう消えた〜 おんぷギター弾き
・一番の思い出は、みんなでいっしょに食べた「冷やしうどん」でした。


めりけんや便り2008年 7〜9月一覧

2008年7月号(半夏生)

めりけんや7月号

お中元は、夏のご挨拶
いただきました。ありがとう。 ・現在のようなお世話になった方達に、感謝の気持ちを込めて贈り物をする「お中元」の風習が定着したのは、明治の中頃だと言われています。
・祖先の霊を祭り、お供え物を親類縁者や隣近所へ配るという日本人の深い信仰心が、「お中元」の習慣となったものと思われます。
・昔は贈り物を持参し直接渡していましたが、現在では、宅配便を利用するのが普通となりました。
・7月22日(大暑)を過ぎると「暑中お見舞い」、8月7日(立秋)以降は「残暑お見舞い」として贈ります。

半夏生とさぬきうどん
・半夏生は雑節のひとつで、夏至から数えて11日目の7月1日頃から7月6日頃までの5日間をいいます。
・「チュウ(夏至)ははずせ、ハンゲ(半夏生)は待つな」という諺があるように、田植えは夏至が過ぎ、半夏生に入る前にすることが良いようです。
・昔から香川県(讃岐)では、半夏生の日に農家の人々が田植えや、麦刈りを手伝ってくれた人達といっしょに「さぬきうどん」を食べる風習があります。関西地方では「タコ」を、福井県の大野市では「焼き鯖」を食べる習慣があるようです。
田植え

三頭峠と借耕牛とさぬきうどん
四国 ・この両国の文化交流の主役は、「牛」と「米」と「さぬきうどん」でした。
・借耕牛とは、讃岐の農家が農繁期に阿波の農家から借りていた農耕用の牛のことです。農耕牛は、水田が多い讃岐では欠かせない労働力ですが、草地が少なく牛の飼育は不適でした。一方阿波には、水田が少なく米は貴重な食料でした。「しっかり働いて半夏生がすんだら帰ってこいよ」「今年もお世話になります」と言う会話が阿讃の峠で聞こえたとか。
・讃岐山脈(阿讃山脈)は、阿波の国(徳島県)と讃岐の国(香川県)の境を、東西に連なっている800m〜1000m級の美しい山脈です。この山脈の南側と北側を往来する11の峠があり、その一つが三頭峠です。この名称は、人が両手に牛(借耕牛)を引きながら峠を越える姿を現しています。
・借耕牛は、江戸時代から始まり、昭和15年頃には、8500頭の牛が峠を越え、讃岐にやって来ました。農機具が普及し始めた昭和30年頃まで続きましたが、現在は牛の姿を見かけることはありません。また、峠越えは、トンネルを利用するようになりました。
牛

三頭峠と借耕牛とさぬきうどん
七夕 ・中国から伝来した七夕の行事が、日本古来の伝統や風習と融合して日本の各地に独特な行事として伝えられています。
・日本での七夕の行事は、奈良時代に宮中の行事として行われるようになったのが始まりと伝えられています。江戸時代になると民衆の間でも盛んに行われるようになり、笹竹に短冊をかざるスタイルもこの頃定着したと言われています。
・笹飾りは、七夕行事とは何の関係もなく、水田の虫除けなどの農事儀式として伝えられたものだったとも言われています。
・今年の七夕は、天の川を眺めながら「冷やしたさぬきうどん」を・・・


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